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X’mas限定SS

アリスのクリスマス

 読みたい本はたくさんある。退屈ではない。ただ、毎日同じように流れていく時間には面白みがないと感じている。だからと言って、季節の移り変わりを楽しむことも、行事に参加することもなくなった。そういう〝人生を楽しむ〟ことは何ひとつ出来なかった。

 

 家も、道も、色とりどりに飾られ、歩いている人々はどこか浮足立っている。

 窓からその景色を見ていると、聴き慣れた速度で部屋がノックされた。

 

 

「…なに、レオン」

「買い出しに行ってくるけど、今日はどうする?」

「…待ってる」

「オッケー、留守番よろしく!」

 

 

 我ながら素っ気ない態度だと思う。昔から一緒に暮らしているレオンは、慣れたのだろうか。そもそも気にならないのだろうか。どちらにせよ、彼のつかず離れずの距離感に助けられている。

 

 

「…」

 

 

 玄関の扉が閉まる音を確認して、また本を読み始める。

 変わり映えのない日常に、どこか安心している自分を感じながら―――。

 

 

 ***

 

 

 

 

「よっ! 待たせた?」

 

 

 待ち合わせの場所に到着すると、すでに三人の姿があった。足早に近づくと、縁石に腰かけていたティアちゃんが立ち上がる。

「ううん! ちょうど今、全員揃ったところなの」

「良かった。はい、これ、話してたアリスのお気に入りの本」

「わ~~~表紙も素敵!」

「『世界のクリスマス』……懐かしいですね」

 

 

 昔のことを思い出しているのか、タリアは微笑んでいた。誰かを慈しむその表情は、まるで母親のようだ。

 

 

「小さい頃から読んでて色褪せてるけど…雰囲気、伝わるかな?」

「とてもよくわかります」

「この真っ赤な服のおじいさんがサンタさん?」

 

 

 ティアちゃんが指さした人物こそ知る人ぞ知る、子供たちに夢と希望のプレゼントを配ってまわる〝サンタクロース〟だ。

 

 

「探したんですが、似たような服が見つけられなくて…付け髭と帽子は、調達してきました」

「これがあれば、きっとサンタさんだってわかるよね?」

 

 

 ポケットから出てきたのは、真っ白な付け髭と真っ赤な帽子。それを手に取りながら感心した。

 

 

「よく見つけられたね!」

「ええ、トレードマークなので大丈夫かと」

「じゃあ…あとはこのトナカイ、…どうする?」

 

 

 ***

 料理の買い出しは俺とタリア、クロスさんとティアちゃんはトナカイの角に使えそうな枝を探しに行ってくれることになった。

 タリアにお世話になっている街の人たちが安く売ってくれたおかげで、今日は豪華な料理を作れそうだ。

 

 香草焼きに使うハーブを受け取り、タリアとは一旦解散した。

 家に着き、さっそく料理に取りかかる。下準備を済ませ、打ち合わせしてあった台詞をアリスに伝えるべく、部屋の扉をノックする。

 

 

「…レオン、おかえり」

「ただいま。さっき街でクロスさん達に会ってさ、うちでご飯食べようって話になったんだけど…アリスはどうする?」

「…後で食べる」

 

 

 予想通りの言葉が返ってくる。家に来ることを嫌がらなくなったのは大きな変化だ。

 

 

「そっか、オッケー。また呼びに来るよ」

「…ん」

 

 

 アリスの大切な本をこっそり持ち出したことも気づかれていないようだ。計画は順調。何か悪いことをしているような、それでいて待ち遠しいこの感覚……久々だな。

 

 

 ***

 

 

 

 

 クロスさん達が到着して、ディナーが始まったようだ。内容まではわからないけれど、楽しそうな声が聞こえる。

 昔……前の街に住んでいた頃は、この時期になるとみんなで集まって食事をしていた。一緒に歌ったり…あの本を何度も読んでは、異国のイベントに憧れたりもした。

「…」

 

 

 どんなに楽しい思い出も、やがては色褪せる。新たな出来事に塗り替えられ、記憶が薄れていく。それが、怖い。どうしようもなく、怖い。だから…そうならないように、出来るだけ変わらないように、忘れないように生きている。そう、これからもずっと、そうやって生きて行く―――。

 

 ふと、あの本を読みたくなった。

 

 

「…あ」

 

 

 クロスさん達が来ている部屋に置いていたことを思い出す。今は取りに行けないから、みんなが帰って、ごはんを食べた後に持って来よう。毎年この時期になると、家族と一緒に読んでいた大好きで特別なあの本を…。

 

 そう決めて、読みかけの本を開く。本を読んでいる時間だけは、何も考えないでいい。自分が自分であることを忘れることができる唯一の時間。今もまた、この時間に集中しよう。レオンが呼びに来てくれるまで。

 

 

「アリス」

 

 

 予想していた時間より相当早く、レオンが部屋にやってきた。調味料の場所でもわからなくなったのだろうか。

 

 

「…どうしたの?」

「入ってもいい?」

「…どうぞ」

 

 

 読んでいた本を閉じ、扉に顔を向けた。

「メリークリスマス! アリス!」

 

 

 扉を開けたのは……赤い帽子に白い髭を生やしたレオンだった。その後ろには、頭から枝を生やしたタリアにクロスさんにティアさん……。

 

 

「…なに、してるの」

「今日はクリスマスでしょう? だから、サンタクロースが会いに来たんですよ」

「トナカイも一緒で~~す!」

「いつもいい子にしているアリスに、レオンサンタからのプレゼント」

「ほら、受け取って」

 

 

 状況を飲み込めないまま、差し出されたプレゼントを受け取る。赤いリボンを解き、袋の中に入っていたものを取り出して…息をのんだ。

 

 

「これ…」

 

 

 入っていたのは、いつか着たいと思っていた服だった。

 どうして、誰にも言ったことがないのに―――。

 

 

「……どうして……」

 

 

 そう呟くことが精いっぱいだった。服から目が離せない。段々視界が歪んできた。見えづらい、これは何……?

 

 

 ***

 まるで時が止まったかのように動かなくなったアリス。前に買い出しに行った時、この服を見ていたから間違いないと思って選んだけど…失敗だったのかな。

 恐る恐る覗き込むと、真っ赤な顔をして目には今にも溢れそうなほど涙が溜まっていた。

 

 

「…驚いた?」

 

 

 尋ねると、アリスは こくん、と頷く。きっと今なら―――。

 そう思った俺は、アリスをそっと抱きしめて、昔のように頭を撫でた。

 

 

「アリス」

 

 

 近づいてきたタリアは、何故か俺ごとアリスを抱きしめる。ティアちゃんも駆け寄ってきて、タリア越しに抱きついた。クロスさんは…少し離れたところでこの光景を見ているのだろう。

 アリスが落ち着くまでこの状態は続いた。―――やっと、この時が来た。当たり前のように喜んで、泣いて、生きていいんだよ。アリス。

 

 

 ***

​ ようやく普通に呼吸が出来るようになった頃に「ご飯食べよっか」なんて言われたものだから、何も考えずに頷いていしまい、そのままリビングへ連れて来られた。

 ……サンタクロースの言葉だから、仕方ない。

「タリアさんの特製ハーブ香草焼き美味しい~~!レオンさんの紅茶も最高!」

「食後のケーキもありま~す!」

「これもレオンさんが?本当に何でも作れるんですね」

 レオンが持って来たクリスマスケーキは、絵本に出てきたものにとても良く似ていた。ずっとずっと食べたかった、憧れのケーキそのものだった。

 

 

「はい。これ、アリスの分」

 

 

 カットされたケーキが目の前に置かれる。

 外の世界のことだと思っていた。自分には関係がないことだと。窓から見ていただけの、その色とりどりの景色の中にいざ自分が入ることなんて考えたこともなかった。

 

 でも―――。

 〝あの日々〟と同じような出来事が、今、目の前に起きている。もしかしたら、ずっと…こんな日が来るのを待っていたのかもしれない。

 色褪せることが怖くて、忘れてしまうことが怖くて、変わることが怖かった。

 だけど、もう大丈夫。きっと、大丈夫。独りじゃないって、思わせてくれたから。

 

 レオン達は、即席サンタクロースとトナカイの話で盛り上がっている。

 今ならきっと―――。そう思って、そっと胸にあった言葉を声に出した。

 

「……ありがとう」

 ―――聴こえないで欲しいと願いながら。

END.

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